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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1634号 判決

事実

控訴人(一審原告、勝訴)佐原農業協同組合は、昭和二十八年四月一日金二百八十七万五千円を一審被告株式会社三葉食糧工業所に対して貸与したが、その際被控訴人島崎達夫、溝口昇の両名はその連帯保証をなした。ところが右三葉食糧工業所は昭和二十八年五月十一日右元金中の金十万円の弁済をなし、弁済期後において利息として金二万五千六百五十八円を支払つたのみで、その余の支払をしないので、控訴人は被控訴人両名及び前記株式会社三葉食糧工業所に対し各連帯して金二百七十七万五千円及びこれに対する遅延利息の支払を求めると主張した。

被控訴人両名は、同人らが控訴人主張の債務の連帯保証をしたことを否認し、仮りに被控訴人等が連帯保証契約をしたとしても、控訴組合の機関である小林幸一郎が組合長等と共謀し被控訴人両名に対して、組合の総会を通すための見せ証文とするのだから決して請求はしないからと虚言を弄し、被控訴人等を欺いて連帯保証人となることを承諾せしめたものであるから、被控訴人等は詐欺による右意思表示を取り消すと主張して争つた。

理由

訴外株式会社三葉食糧工業所が昭和二十八年四月一日控訴人佐原農業協同組合から金二百八十七万五千円を借り受けた事実は当事者間に争がない。

ところで証拠を綜合すれば、次の事実を認定することができるのである。すなわち控訴組合は本件貸借の成立に当り本件貸金債権につき、訴外会社に物的担保を提供させると共に同会社取締役である被告人両名に連帯保証をさせ、その趣旨の借用証書を差し入れさせるべく、控訴組合の組合長奥主は、その頃事務員小林幸一郎にその折衝を命じた。そこで小林は、右貸金額の外利息、損害金、弁済期等必要事項を記載し、且つ借主として訴外会社、連帯保証人として被控訴人両名がそれぞれ署名捺印する形式の借用証書の原案を作成し、これを訴外会社代表者島崎達夫及び被控訴人両名に示し、右案による借用証書の差入方を申し入れたところ、被控訴人らは、訴外会社の顧問計理士に相談の結果、被控訴人らの個人保証を避ける意図の下に、連帯保証人としての被控訴人らの氏名に特に「取締役」の肩書をつけ、他はすべて右原案どおりの借用証書を作成し、被控訴人らの署名欄の各記名の下に各自が捺印の上、これを控訴組合に届けた。ところが控訴組合組合長奥主は、会社の債務について取締役員が取締役の資格で保証をするのは無意味であるばかりでなく、訴外会社の本件債務については被控訴人ら個人に保証をさせる必要があるので、自ら右借用証書中連帯保証人としての被控訴人らの氏名につけられた取締役の肩書の記載を括弧及び棒線で抹消し、且つその欄外に右抹消の旨を明記した上、右抹消の旨の記載部分に被控訴人らの捺印を貰うよう小林に指示した。ところで、小林から右の申入を受けた被控訴人らは、はじめは個人として保証債務を負担することに難色を示して容易に捺印に応じなかつたが、小林が幾度となく訪れて執拗に迫つたため、ついに断り切れず、右申入どおり右借用証書の前記部分にそれぞれ捺印の上これを控訴組合に差し入れた。

以上のとおり認められるところ、被控訴人らは仮りに同人らが控訴組合に対し前記借用証書を差し入れたことにより連帯保証の意思表示をしたとしても、右借用証書は、小林幸一郎が奥主らと共謀して被控訴人らに対し、「この証書は控訴組合の総会に提示するためのいわゆる見せ証文で、決してこれによつて被控訴人らの保証責任を追及するようなことはしない」と嘘をいい、控訴人らは小林の右言を信じて差し入れたものであるから、これによる連帯保証の意思表示は詐欺によるものとして取り消すと主張する。しかして、証拠によれば右主張事実に符合するものがあるけれども、控訴組合のような金融機関が会社に金融を与えるに当つて、その取締役個人に保証をさせ、万一会社が債務を履行しないときは取締役員個人に履行の責を負わせ、もつて貸金回収の確実を期する事例が稀ではない事実は当裁判所に顕著であつて、会社取締役として事業経営に当つていた被控訴人らはもとより右事実を知つていたものと推認すべく、また、小林は前記認定のように控訴組合の単なる事務員であつて、組合長の命によりその指示に従い前記借用証書の差入の折衝等に当つたものにすぎず、被控訴人らの各本人尋問の結果によれば、右の事情は被控訴人らにおいてももとよりこれを熟知していたものと認められる。そしてこれらの事実を総合すれば、仮りに小林が被控訴人らに対し、被控訴人ら主張のような趣旨を告げ、従つて被控訴人らが小林のその言に多少の期待をつないだ点がなかつたとはいえないとしても、前段認定のような迂余曲折を経て漸く前記借用証書を差し入れ、しかも同証書には、被控訴人らが個人保証をする趣旨が明記されているのに、それでもなお被控訴人らは真実保証債務を負担しないものと信じていたとは到底認めるわけにはゆかない。

被控訴人らの右主張と符合する証拠は、すべて真相に合わないものとして排斥するほかはない。

してみると、被控訴人らは控訴組合に対し、訴外会社の前記債務につき連帯保証の責を負うべきこと明らかであるところ、これを棄却した原判決は失当であるとしてこれを取り消し、控訴人の本訴請求を正当であると認容した。

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